須江航監督(仙台育英)のWikiプロフィールと経歴!出身高校や大学はどこ?浦和との意外な関係は?

高校野球

監督就任直後から甲子園出場、就任5年目で全国制覇、インタビューの言葉が心に響くなど、今後も活躍が期待される監督です。

須江監督のWikiプロフィールと経歴、そして浦和との意外な関係をご紹介します。

須江航監督のWIKIプロフィール

須江監督のプロフィールをご紹介します。

名前 須江 航(すえ わたる)
生まれ 1983年4月9日(40歳)
出身 埼玉県さいたま市(当時の浦和市)
家族 妻、子二人(1男1女)
職業 仙台育英学園高校 情報科教員、野球部監督

浦和生まれの須江監督が一番最初にファンになった野球チームは、浦和学院です。

子供のころから浦和学院が大好きで浦学サンバを5番まで踊っていたそうです!

仙台育英と浦和学院は甲子園で過去に激戦がありました。

現在は須江監督と浦和学院野球部の森士前監督の間には交流があります
(現在の浦和学院の監督は、森大監督)

今回の初戦「仙台育英vs浦和学院」が決まる前に収録したYoutube対談も話題になっています。

この動画を先に見られた方は、「おおぉ!」と思われたのではないでしょうか。

監督同士、いい関係で交流が続くのは素敵ですね!

須江航監督の経歴まとめ

須江航監督の活躍の源となった経歴について、学歴や野球歴、卒業後をたどりながらまとめました。

須江航監督の経歴①学歴

須江監督の学歴を拝見すると野球のために過ごされた青春時代でしたね。

中学 鳩山中学(埼玉県鳩山町) 1999年卒
高校 仙台育英学園高校 2002年卒
大学 八戸大学(現・八戸学院大) 2006年卒

須江監督も仙台育英出身で、仙台育英野球部OBにあたります。
※湯田統真選手の父・湯田利行さん(1999年卒)とは入れ違いでしたね。

八戸大学(現・八戸学院大学)は、実は大学野球で有名な強豪校です。

須江航監督の経歴②野球歴

小2で野球を始め、鳩山中学での軟式野球部を経て、仙台育英に進学し野球部に入部しました。

高2の秋からは選手ではなく、グランドマネージャー(GM)を務めました。

他の選手のレベルが高すぎて、選手としては敵わないと感じGMを受けました。

高3の春夏連続で甲子園に出場し、記録員としてベンチ入りをしています。

高校卒業後は、大学野球で実力のある八戸大学に進学し、硬式野球部のコーチとしての経験・実績を積んでいきました。

当時の八戸大学は、2003年秋季から2005年秋季までリーグ戦を5季連続優勝し、2004年は全日本大学選手権ではベスト4でした。

同大学では、メジャーリーグで活躍した秋山翔吾選手(西武ライオンズ→シンシナティ・レッズ→広島カープ)をはじめ多くのプロ野球選手を輩出しています。

須江航監督の経歴③職歴

大学在学中に教員免許を取得し、出身の埼玉県で高校教員(兼・野球部監督)を目指していました。

仙台育英時代の恩師から声がかかり、2006年4月より仙台育英高校系列の秀光中等教育学校に情報科教諭・野球部監督に就任しました。

まだ野球部監督の経歴のない新米教師へのお声がけに、謙遜しながらも受けたそうです。

2017年12月に仙台育英の野球部監督が辞任することになり、2018年1月より仙台育英学園高校、情報科教諭・野球部監督に就任しました。

須江航監督の経歴④野球部監督歴

2006年、秀光中学の軟式野球部は創部も間もなく、進学校でもあり練習があまりできない状況でした。

そのような環境でしたが、リトルリーグなどで活躍する小学生をスカウトし、徐々に秀光中軟式野球部の実力があがりました。

2010年からは中学校軟式野球の全国大会に連続出場し、2014年には優勝を決め、以後も全国大会上位常連校として定着しました。

2018年1月より仙台育英高校の監督に就任し、同年夏の甲子園に出場を果たし、その後甲子園上位に進出を重ね、2022年夏の甲子園で優勝しました。

2018年夏の甲子園でデビューを果たし、初陣は2回戦の浦和学院戦でした。
残念ながら、浦和学院に9-0で完敗しました。
浦和学院としては2013年の1回戦で10-11で仙台育英に惜敗したリベンジ戦でした。

両校の対戦といえば、2013年夏の1回戦を思い出す高校野球ファンも多い。 

仙台育英が初回に6点を先制したが、春の選抜大会で優勝し、夏の連覇を狙っていた浦和学院が3回に8点を挙げて逆転。仙台育英は6回に4得点で10―10とした。9回にサヨナラで11―10の大熱戦を制したのは仙台育英だった。

この時、浦和学院には小島和哉(現ロッテ)、仙台育英にはサヨナラ二塁打を放った熊谷敬宥、馬場皐輔(いずれも現阪神)、上林誠知(現ソフトバンク)がいた。

引用元 スポニチ

2023年の夏の戦いは、150キロトリオ対策に準備を重ねた浦和学院が9点を奪取したが、勝利は仙台育英にありました。

今後も浦和学院との対戦が楽しみですね。

また、須江監督の教え子でプロ野球に進んで活躍している卒業生もいます。

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須江航監督の指導は野球以外でも共感

野球選手としての苦労、コーチとして得た経験、中高通じて監督としての実績、コロナ禍における教育者の役割、様々な経験を踏まえ人間的にもとても魅力的な方です。

昨年は甲子園の優勝インタビューの言葉が流行語大賞・特別賞を受賞されました。

須江監督の言葉は、野球の指導に限ったことではなく、一般の人にも役に立つ言葉として響くので一部ご紹介します。

「練習量と情熱だけでは、限界がある」

優秀な選手を擁しながら3年ぶりに負けたんです。そこで鬼の練習量と情熱だけでは、限界があることにようやく気が付きました。

そこからデータを活用する戦略に変えた。

「当時野球界にデータ分析はありましたが、もう一歩踏み込んだことがしたかった。自分にないエッセンスが欲しくて、全国の先駆けて取り組んでいる人に会いに行きました。また、違う競技で実績を残している方やいろいろな人にお会いしました」

 引用元 スポーツ報知

私達も非効率で無駄な仕事や日常生活から、よりよい生き方を目指すきっかけになりますね。

「監督の仕事は“交通整理”をすること。彼らの思考の交通整理をしないといけない」

「千賀投手になりたいと言っている子が、全く違うメカニズムとか、体の使い方をしているケースがあるので、どこを目指してどんな練習をしているのか?と聞いてあげる。

その上で、だったらこの人に教わった方がいいんじゃないか、こういうトレーナーさんに助言をもらった方がいいのでは、のように話し合いますね」

引用元 スポニチ

「思考の交通整理」は、他のインタビューの場面でも触れています。

部活動や職場などで上の立場の人が、どれだけ強く怒ったか、どれだけ厳しいことを言ったかで、自分は相手を思いやっているんだとばかりに主張する人もいますね。

一人一人に向き合い適切な助言があり、一緒に目標達成の道筋を開いてもらえることは幸せですね。

まとめ

須江監督は浦和生まれで、浦和学院大好き少年となり少年野球を始めました。

進学は浦和学院ではなく仙台育英でしたが、高校2年でグランドマネージャーになり、傍らでデータ分析・整理をし、選手と一緒に戦ってきました。

今は監督となり、浦和学院と交流も深め、甲子園で対戦する関係となる人生も素敵ですね。

まだまだお若いので、これからも高校野球を盛り上げていただきたいと思います。

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