佐々木怜希(佐々木朗希の弟)の読み方や身長は?wikiプロフィールと経歴!大船渡高校で球速は何キロ?

高校野球

夏の甲子園が今年も近づき、各地で予選大会が始まる季節となりました。

Youtubeで取材を受けて答えている様子を拝見しましたが、礼儀正しく落ち着いた佇まいで、プロアスリート選手のようでした。

今回は、佐々木怜希選手に注目してみます!

佐々木怜希の読み方やwikiプロフィール

現在、大船渡高校3年の佐々木怜希のプロフィールです。

本名 佐々木 怜希(ささき れいき
生誕 2005年(平17)4月25日 
出身 岩手県陸前高田市、5歳の時に大船渡市に転居
所属 猪川野球クラブ(小3から小6)
中学 大船渡市立第一中
高校 岩手県立大船渡高校
利き腕  右投右打
身長 178cm
体重 72kg
ポジション 投手
50m走 6秒5
家族 母、長兄・琉希、次兄・朗希(千葉ロッテマリーンズ投手)

名前の『怜希』の読み方は『れいき』です。

兄・朗希さんの身長は190cmですが、野球選手として178cmは平均的な身長かと思われます。

佐々木怜希が野球を始めたきっかけは?

小3から地元の猪川野球クラブで野球を始めました。

二人の兄に続き、子供の頃から野球が自然と好きになっていました。

長兄の琉希さんは家族思い、次兄の朗希さんは口べただけと優しく、兄弟愛の中で育まれてきました。

佐々木怜希の小学校時代の経歴

小3(2014年)から地元の猪川野球クラブに所属しましたが、震災の影響でまだまだホームグランドが使用できない状況でした。

石が残っている河川敷や、近隣の学校とはいえ歩くと40,50分かかる校庭を借りて練習するなど苦労がありましたが、多くの方に支えられながら元気に野球に励んでいました。

2016年11月からようやくホームグランドが使用できるようになり、2017年8月(小6)に行われた小学生の甲子園と呼ばれる『高円宮賜杯第37回全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメント』では岩手代表として16年ぶりに出場しました。

最初に対戦した沖縄代表・東風平星(こちんだほし)では、7回1死三塁で佐々木怜希がサヨナラ中前打を放ち、初勝利を飾りました。

佐々木怜希選手は「最高の気分。どんな球か覚えていない」と笑顔で振り返った。

東日本大震災の影響で校庭が使えず、昨年11月にようやく校庭で練習を開始。16年ぶり2度目の出場で初勝利を挙げ、小笠原康夫監督は「チャンスが少なかった。勝てて良かった」と喜んだ。

引用元 スポニチ 

同大会では全国ベスト16まで進出しました。

同年11月に楽天イーグルス杯東北6県少年野球が仙台市のKoboパーク宮城で行われ、猪川野球クラブが優勝し、東北No1のチームになりました。

上記画像の右上の打者、右下の右側の選手が佐々木怜希です。

この猪川野球クラブには兄・佐々木朗希も所属していました。

佐々木怜希の中学時代の経歴

大船渡市立第一中学校に進学し軟式野球部に入部しました。

上記画像の後列左から 仁田陽翔、佐々木怜希、北條慎治、前列左から 及川裕生、新沼空大です。

中2の2019年全日本少年春季軟式野球大会岩手予選会ではベスト4の結果となりました。

中3の時には写真のチームメイトとともにオール気仙メンバーに選ばれましたが、残念ながらコロナ禍の影響で大会は中止となってしまいました。

「オール気仙」とは、岩手県大船渡市・陸前高田市・住田町の中学野球部で構成される気仙地区選抜チーム。地元の方は今でもこの地域を気仙とよびます。
「オール気仙」は岩手県内で優勝し全国大会を目指す選抜チームです。兄・朗希さんも2016年選抜メンバーでした。

同中学を卒業した仁田陽翔さんは仙台育英、北條愼治さんは花巻東に進み、二人とも2023年ドラフト選手の注目を集めています。

また仁田陽翔さんとは猪川野球クラブ時代から一緒にプレイをしていた仲間で、お母さん同士も仲がよく、怜希さんの兄朗希さんがサインを渡したというエピソードもあります。

仁田陽翔(仙台育英)がイケメンで身長は?出身中学や経歴まとめ!球速と球種も!
昨年夏の甲子園で優勝を飾った仙台育英の仁田陽翔選手。高速左腕の仁田陽翔選手は今年も活躍が期待され、注目の集まるイケメン投手です。今回は仁田陽翔選手についてご紹介します。仁田陽翔(仙台育英)はイケメン!仁田陽翔選手はとても精悍な顔立ちをされて...

仙台育英に進学した仁田陽翔さんとは、甲子園でともに戦おうと約束したよきライバルです。

佐々木怜希の高校時代の経歴

二人の兄に続き、地元大船渡高校に進学しました。

スポーツが盛んな高校で、校門には陸上や水泳など活躍している生徒の名前がありました。

そして沿道には、兄朗希を応援する垂幕が掲げられています。

1年秋からショートのレギュラーとしてプレーし、1番ショートで出場していました。

2年秋から肩の強さもあり投手となり、新チームの要として活躍しています。

今年の5月21日に春季岩手県大会から背番号「1」を背負い、強豪・盛岡大付との対戦に2番投手で出場すると、2回に2者連続三振を奪いました。

最終的に7-6で勝利し、兄の朗希さんが勝つことができなかった盛岡大付に勝利しました

5月24日の一関学院との準々決勝では、中堅手として出場し、5回に右安を放ったが、チームは2-10でコールド負けでした。

この大会では一関学院と花巻東が決勝を戦い、花巻東が優勝しました。

大船渡高校の甲子園の出場歴
1984年春 第56回選抜高等学校野球大会 ベスト4
1984年夏 第66回全国高校野球選手権大会 1回戦負け

二人の兄が成し遂げられなかった甲子園出場を目指しています。

佐々木怜希の現在の球速は?

投手としての経歴はまだまだ浅いにもかかわらず、7月17日の盛岡農との試合で最速143キロを記録しています。

5月21日の盛岡大との試合で最速139キロを記録したばかりなのに、4キロも更新しています。

この時に2者連続3振を奪い、将来の活躍が期待される瞬間でもありました。

球速としては140キロ前半ですが、ストレートとしての切れは非常に高精度であるとのこと

得意の球種は横に曲がるスライダーで、空振りをさそうもの

大谷翔平選手のスイーパーに近いのではないかと評価されています。

いずれにしても、投手歴が1年未満でこれだけの球を投げることができるのは、〇〇の弟ではなく、選手として素質と努力、野球への姿勢のたまものだと思います。

兄・佐々木朗希からみた弟・怜希の存在

TBSの番組で、東京オリンピック体操2冠の橋本大輝と佐々木朗希の初対談が特集されました。

競技の垣根を超えた21歳同士のトーク番組で、序盤に互いが3兄弟であることが判明しました。

佐々木朗希選手が次男、橋本大輝選手が三男とわかると、

(朗希)じゃあ、甘えん坊みたいな(笑)うちの弟をみている限り、そんな感じなんですけれど、はい。どうなんですか?

(大輝)上の兄たちがいじわるをしてくるので、(笑)

(朗希)僕は逆ですね。長男と弟が仲がよくて、僕がいつもハブられている感じだったので、僕がいじめられている側でしたね。

弟の怜希さんは甘えん坊の存在だったようですね。

朗希さんは、淡々と話しながらも怜希さんにジェラシーがあったようですね。

右 佐々木怜希(小6)

3兄弟あるあるの質問がされると、

(大輝)おさがりが多いですね。

(朗希)そうですね。僕はまだ2番目だったので、3番目とかは結構ボロボロだったりしますね。

(大輝)ボロボロですね(笑)

競技を始めたきっかけは?

(大輝)競技を始めたきっかけは?

(朗希)僕は兄貴ですね。

(大輝)まったくいっしょです。最初は嫌々でしたけどやってよかったです。

(朗希)ぼくはやっぱり兄弟がやっているかっこよく見えるじゃないですか。

そういうのに憧れもありましたし、野球だと一緒に対戦できるのでそれも含めてですね。

3兄弟で同じスポーツに励み競い合うことはいい刺激でもあり大きな力にもなるものですね。

佐々木家のもう一人の家族

佐々木家には家族に愛されているアイドル犬「ラムちゃん」(♂)がいます。

17番 R.SASAIのユニフォームを着て、テレビで兄・朗希選手をいつも応援しています。

甲子園に出場したら、大船渡高校のユニフォームを着て怜希さんを応援ですね!

まとめ

大船渡高校3年、佐々木怜希は兄・佐々木朗希が成し遂げられなかった甲子園出場を目指し練習に奮闘しています。兄と比較されることもあるかと思いますが、投手としての進化を遂げて甲子園での活躍を期待したいです。

震災の影響で思うように練習ができなかった日々もありましたが、練習は真摯に続け成長が止まりません。

まだまだ伸び盛りの18歳、今後も活躍が期待されます!

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました